日々の吹き溜まり

日常の累積記録とメモ程度の読書記録

「役に立たない人間は死ぬべきです」という人を黙らせたい

私は、頭の悪い人間は嫌いだ。

そういうと、こいつ頭がいいのか、とか、何をイキッてるんだか、とか、いろいろ思われそうだ。まあ、そんなことはどうでもいい。

私は頭が悪いという人間は、自分が正しいと信じている人間だ。自分のことを微塵も疑わない人間は嫌いである。

とはいえ、正しいと信じることは大事だし、疑心暗鬼で自分が信じられないのは不健全なので、バランスは大事だ。少し、自分を疑ってるくらいでいる人なら、別に問題ない。自省がないことが、頭の悪い人間に思えてしまう。

誰かに正しいとか共感されてしまうと、自分が正しいと思ってしまう弱さもあることも事実なんだけど、まあ、それは仕方ない話だ。誰にでも起こり得る。

誰かに指摘されて「そうかな?」と再度、自問できるくらいなら問題ないと思うが、躍起になって怒りだしたり、だって「〇〇さんが…」と責任転嫁の思考停止の答えを出すなら、ちょっと黙ってほしい。

 

で、役に立たない人間だ。

自分が役に立っているのか、というか、役に立つというのはどういう状況だよ?と聞きたいんだが。

私は専業主婦だ。しかも、子なしの。

実際はニートとそう変わらないと思ってる。

だから、きっと、私のことを、子供を産まないでぶらぶらしていると叩きたい人もいるだろうと思っている。社会に役に立たない、と。

しかし、私が子供を産んだらどうだろう?

きっと、少子化に貢献してくれて、とか、子供がいる生活良いよね、とか、言われるんだろう。

他にも、家にいながら、アイデア商品のヒットを連発させたなんてことにはならないと思うけど、他の専業主婦さんならあるかもしれない。

将来のことは誰にもわからない。

 

役に立たないなんて、現時点で、勝手に役に立たないとレッテルを貼ったに過ぎない。

将来、その人がすごい会社を起ち上げて、裕福な人が増えたとしたらどうだろう。きっと、手のひらを返すんだろう。そもそも、役に立たないなんて発言も忘れてしまうかもしれない。

その可能性がない、と言外に断言できるあたりが、傲慢と言わずに何なんだろう。未来や将来のことは自分のことですら予測できないのに、現時点で役に立たないから切り捨てるって、短絡的にもほどがある。他人をモノか何かだと思っているんだろうか。

 

実のところ、私は役に立たない人間なんかいない、と考えている。

生きている限り、私たちは誰かの役に立っている。何故って、消費個体の一つだからだ。

何かを買って消費すること、お客さんであること、それは社会に繋がる限り、必要なことだ。

何も買わずに、一カ月を生きるなんてことはできない。自分が買わなくても、誰かが買って、それを共有しているはずだ。

物が売れないと、会社は存続できない。物を買う人がいるから、社会は成り立っている。人は生き続ける限り、モノを買う。社会と繋がり続ける。

だから、消費行動をする限り、人は役に立ち続けているけど、死んだら、本当に役に立たなくなる。死体は物を買わない。

だから、役に立たない人間はいないのだ。

売れるものを作れる人は、役に立ちすぎて、目立つけれど、それはレアな人種だ。

人は、基本的には、存在しているだけで、ちゃんと役に立つ。それ以外の行動で役に立つのはすごく難しいことだと思う。

私は旦那という、たった一人のために生きているけど、そのたった一人のために役に立つのも、相当難しい。

昨日も、旦那に濡れた頭を乾かしてとねだられたけど、腹が立っていたので放棄した。

役に立たないと死なないといけないなら、この時点で私は殺されているわけだ。

旦那が、暴君でなくてよかった。

しかし、自分と直接関係ないからって、死ぬべきなんて暴論を吐く人間こそ、消費行動以外で役立つことが出来てないんじゃないか。

そんな辛辣な言葉をネットの感想で書き込むなんて、善い人間なはずがない。

善い人間は「役に立たない人間は死ぬべき」なんか言わないはずだ。

こういう、頭が悪い人で、自分が嫌いになりそうな人間になることだけは避けたいな、と思う、今日この頃であった。