日々の吹き溜まり

日常の累積記録とメモ程度の読書記録

ブラック企業とか過労死とか

ブラック企業で働く人は真面目すぎるし、自分に自信がないという話を読んだ。

働くことを拒否して専業主婦をしている自分には関係ないといえば、関係ない。

だけど、旦那は黒に近い灰色だなと思うところで働いているし、友人の公務員なんかもブラック状態で働いていた話も聞いてる。

間接的には、やはり関係あることだと思うし、最近考えていることがもし真実なら、むしろ直接的な問題かもしれない、と思って題材にブログに選んだ。

結局、ブラック企業に勤め続けたり、死んでしまうのは、愛着問題なんじゃないかって。

 

 今読んでいる本。

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

 

 

私自身、愛着で一悶着ある。

詳しくは省くけれど、母親に捨てられて、父親と疎遠と書けば十分だろう。

 

それに気付かされた本は以下である。 

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか (PHP新書)

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか (PHP新書)

 

 

過去に自分自身が大切にできないことについて、非常に悩んでいた。

鬱病じゃないのは、はっきりわかっていた。

眠れるし、食べられるから。

それでも、自傷癖は治まらないし、面倒でご飯を食べられなくて痩せてしまったり、お酒におぼれてしまったり、何かと不安定だった。

周りに迷惑をかけてしまうレベルだったから、何故なのか、ずっと気になっていたけど、この本を読んで、はっきりとわかった。

自己愛の欠如はどうしようもないと受け入れたことで、それも抱えていかないといけないという覚悟も出来ると、少しだけ、自分を大切にできるようになった気がした。

こんな自分でも必死で生きてきたんだ、と思ったら、自分のことが嫌いで仕方なかったのに、少しだけ愛せるようになった気がする。

もちろん、そんなものは、あやふやな気持ちだから、気を抜いたら、また向こう側に行くかもしれない。

特に安全基地にしているのが旦那だから、その愛情をどうやって繋いでいくかは非常に重要だと思ってる。

それだけは弁えていかないとなぁ、と思う。

 

 

最初に紹介した本によると、普通の家庭でも、愛着に問題を抱えている人はいるらしい。

最近の某企業の過労自殺についても、母親の行動には少し違和感がする。

根本的に自己愛の欠如を抱えていて、それに過労が重なったことで死んでしまったのが、本当のところなんじゃないかと思うのだ。

もちろん、これは想像にすぎないことはわかっている。

 

自己愛の欠如は、本当にどうしようもない。

死ぬことを実行するほどじゃないけど、自己嫌悪に振り回されるし、生きている価値があるのかと延々と問いだしてしまう。

仲良くしている人に、こんな自分が生きていてごめんねと仲良くしてくれてありがたいと過剰に思ってしまう。

 

きっと、そんな思いがあるから、迷惑かけると思うと、ブラック企業も辞められないし、鬱病になっても普段の自分と思考があまり変わらないから、気付かずに死に引き寄せられてしまうんじゃないだろうか。

自分なんか死んでもいいんじゃないか、と考えているのかもしれない。

 

だから、ブラック企業から、逃げられない人にかける言葉は、ブラック企業から逃げろではなくて、あなたが心配で見ていられないのだと、伝えた方がいいんじゃないだろうか。

自己愛が欠如してるなら、愛されてないと思ってるし、他人には自分なんてどうでもいいと思っている。

あなたのことが大事なんだよ、つらい思いをしてたら傷付くよ、と伝えるだけで、少しは現状について、考えるんじゃないだろうか。

そして、失敗しても支えてあげるよ、という気持ちだけでも伝えてあげたら、最高だと思う。