日々の吹き溜まり

日常の累積記録とメモ程度の読書記録

反出生主義の人にリプライをもらった

反出生主義、という、いわゆる結婚しても子供を産まないという人に、この前リプライをもらった。

今の法制度じゃ、子供産めないなぁ~というぼやきだったんだけど、自分の主張に沿っていると勘違いされたらしい。文章が下手くそですまなかった。

誤解を解いたら、私も興味が黙々湧いてきてしまって、下世話なことを聞いてしまったし、反省している。ブロックされちゃったテヘペロ☆(本当にごめんなさい)

 

ネタにされるのも、気分悪いだろうなぁ、と思うんだけど、そこはこういう生き物なので、勘弁してもらいたい。

ダメ人間ですまない。でも、彼女の言い分に、私も少し同調するところがあったから。

 

私は、ずっと生まれてきたくなかったという思いを抱いていた。

これは、たぶん様々な要因が重なっているし、今も分析しているけど、すべて正しくも思えるし、こじつけのようにも感じているけれど、私は今も若干、死にたい、というか、生まれる前に戻りたいと感じている。

親と折り合いが悪く、家を出た後、境界性パーソナリティ障害のような状態で、どうも自分を大切にする能力というものが欠如していた。

今は、旦那やかけがえのない友人たちのおかげで、たぶん回復した。

人格障害も勝手な診断なので、わかんないんだけど、間違いないと思ってる。)

だから、子供を産むなら、その子供が同じ思いをするに違いないから、産みたくない、という想いがある。

日本というのは、親の加護あってこそ、なんとか生活できる制度の国だ。

核家族化していると感じないかもしれないけれど、家族の存在を失うと、人生がハードモードになる。

私は祖父母が機能したので、なんとかハードモードをクリアできた。祖父母がいなかったら、間違いなく自殺していた自信がある。(笑)

だから、そういう人たちはたくさんいるっていうのは理解できる。

自分が不幸だから、うまれてきたくなかったから、子供を産みたくない。自分の子供に、そんな想いをさせたくない。これは、子供が自分と同じ存在のように感じている時点で、間違いなのだけど、自分が幸せにしてあげられる自信がない。

私の場合、私が産む子供には、私の両親はいないので、祖父母がいないことになる。セーフティネットが最初から一つ失われている状態だ。

そんな状態で、果たして子供がまっとうに育つだろうか?

まだ、20代だから、子供というのは産もうと思えば産める。

だけど、子供の命の重さに圧倒される。

責任というのは、とても不思議なものだな、と思う。ちゃんと責任を持っている人は、重大な判断を迫られるような場面になることがない気がするからだ。

ちゃんと責任を果たしている人の中には、とても軽やかに、それをこなしている時があって、責任を取る場面に遭遇することがないんじゃないかな。

 

 

生まれてしまった以上、残念ながら、腹を決めて生きていかなければならない。死にたい気分で毎日を過ごすことが苦しいだろうことも、私は知ってる。

きっと、私なんかより、苦しい時間を過ごしている人たちが今も、そこらじゅうにいるんだろう。

自分のことですら抱えきれないのに、子供のことも抱えなければいけないなんて、気が狂いそうだよ。

弱い人は、自分の弱さとずっと戦っていくしかない。そのために、子供という選択肢を捨てることを、私は責められない。

 

私は未だに子供を産もうかどうかも悩んでいる。

子供が強烈に欲しいとも思えないし、旦那が子供が欲しいという気持ちを完全に否定することも出来ない、優柔不断さだ。

だから、私はむしろ、反出生主義を真剣に唱える人に関して、すごいな、と思う。

子供を産めという社会からの圧力とか、いろんな人の言葉を跳ね除けて、それを語るってことだから、容易なことじゃないはずだ。

 子供を産まないからって、社会から必要とされない存在だなんて、そんなことはわからない。

そもそも、社会から必要にされる人間なんているのかな。みんな、どうせ死ぬのに。だから、生きていることに社会的意味とか、考えない方がいいんだろうなって。

自分の望みを叶えていくことこそ、人生だろう、と思うんだ。

子供を産まない、と決めたなら、子供のことは考えないで、そもそも、子供を産まないという主張に固執しない方がいいんじゃないかな、と思ったりする。

それができるようになるといいな、と願ってる。

自分の欲望を、子供を産まないということ以外で、考えた方がいい。

 

私は毎日、ひと一人の情報量に圧倒されるし、毎日、思考が変わっていく自分にも驚くし、Twitterであとからあとから興味深い事案の雪崩に、びっくりする。

 

きっと、私の言葉には揺れないと思うけど。

自分と同じ立場で同じ物事を考える人の方が大事だもんね。

私は過剰な共感主義は唾棄すべきだ、と思っているけれども。

 

反出生主義の背景は、きっと私が想像する以上に暗いんだろうな。

私は後ろ向きなんて大嫌いだから、そこでうじうじされている人にいう言葉なんて、本来、持つべきではないんだろうけども。

お互い、勝手に産み落とされて大変だよな、生きてるだけで精いっぱいなのに、なんで分かってくれないんだろうな。

死にたい気分なんか、誰にも理解されないし、理解されたらされたで、気持ち悪いだけだと思うよ、自分を見ているみたいで。

男性保育士に着替えさせるなという言葉に思うこと。

ずいぶん久しぶりの投稿でこれはどうなんだ?とか思いつつ。

 

スクール水着は変態の標的になる」だとか「男性保育士に着替えさせるな」とかあるけど。性的視線はどうしようもないと思う。

 

何故か?


僕の旦那は脚フェチである。

脚の写真だけで(以下略)なので、脚観察には余念がない。

夏は生足ばかりで彼にとってヌーディストビーチのようなものである。生足は全裸と同じである、というのが彼の言葉である。

そして、小学生の足と中学生の足、高校生の足が彼は大好物である。彼の好みにマッチした、いい脚をしているという。全裸でなくとも、二―ソックスだけでもいいのである。脚線美が、彼の求めるエロスで、性的な視線を向けるのに十分なのだ。

そういうわけで、性的視線を忌避するためには、常に長ズボンしか選択肢が無くなる。ホットパンツでタイツ姿で道を歩いているだけで危険なのである。

だが、悲しいかな。長ズボンもぴっちりしたタイプなら観察されてしまうし、顔ももちろんチェックするわけだ。

 

つまり、着替えだけが危険だと思うのは浅はかすぎるし、肌の露出が危険というのも浅はかだということだ。誰もが、プライベートゾーンだけで興奮するわけではない。そして、旦那に至っては、年齢すらも関係ない。50歳までが、彼のターゲットゾーンである。

もちろん、セックスをするのが目的ではない。相手にするのは私だけである。(ドヤァ)

 

もはや、性的視線というのはないものとして扱うしかない。

そして、僕はバイセクシャルなので、女性をエロい目で見てしまう時もある。(僕とか言ってるけど、女子です。キモいけど、ごめんな!)
そう、屈んだときにブラが見えるのが美味しいな、とか思ってたら、一緒にいた男性が指摘して、味方だと思っていたのに裏切られた気分を味わったことがある。なんてこった!
何より、熟女や人妻趣味だったりすると、そのクレームを入れている女性自身が、毎回エロい目で見られている可能性だってあるんだぜ、と思う。自分はいいのか?

 

男性のエロい目も、女性のエロい目もあるんだぜ!

毎日、旦那は視姦する女性探しに余念がないんだぜ!その報告を僕にしてくるんだぜ!どうでもいいわ、ボケ!そんなことより、僕の好みの女の子紹介しろや!

 

ちなみに、旦那の同僚はロリコンだそうで、うちが保育園の前だというのが羨ましくて仕方ないらしいです。

と、怖くなってきたところでお開きです。

私と祖母

関心と無関心が適度な量である、というのは、かなり重要なことかもしれない。
そして、人によって、居心地の良さも違うんじゃないだろうか。

 

 

祖母の愛情に戸惑うことがある。
私は、なんとなく祖母のことが嫌いだった。言葉にするとキツいけれど、疎ましいのだ、なんだか。気持ち悪い、というのも近いかもしれない。とにかく、大好きでも、好きでもない。残酷なことに。下手したら、利用価値があるくらいにしか考えてないかもしれない。合わないのだ、何もかも、感覚が。
祖母もそうなんじゃないかなって考えていた。お母さんがいないからね、お母さん代わりなのよ、というのも鬱陶しかった。そして、私の前で母親の悪口を言う無神経さが、何よりも気に障る。その無神経さに気付かず、私のことを注意することも。だから、私は、祖母に反抗してしまう。祖母が傷つく言葉を選んで口にしてしまう。そんな自分も大嫌いだった。
大学を卒業して、行く場所がなくて、一カ月ほど滞在して、祖父母の家に滞在した。私が家を発つときに、祖母は泣き出した。驚いてしまった。永遠の別れでもあるまいし、問題児の私のことなんか、仕方ないから面倒を見ているのだと思っていた。

隣で弟が「手がかかる子ほどかわいいんや」とフォローを入れた。弟よ、おまえは何なんだ?と思ったけど、祖母の号泣に飲まれていた私は、曖昧に笑った。困惑していた。

祖母は非常に愛情深い人間なのだ。

こんなに残酷で問題しかない私のことも、孫というだけで、こんなに深く愛せる人なのだ。

そう思ったら、何もかもを許せるようになった。

祖母が、私の母の悪口を言うも聞き流せるようになったし、お節介をありがたく受け取れるようにもなった。

そうやって、眺めていると、祖母の愛情も確かに孫ということがきっかけだったけれど、こうやって愛されて育った年月は、確かに私の糧になっていた。

今でも、祖母のことは苦手だ。

でも、それでも、祖母の愛情を受け取って、私は生きてる。生きていられる。

だから、誕生日に電話もするし、三か月おきくらいに、できるだけ遊びに行く。

祖母のことは傷つけてしまうけど、それで祖母は死んだりしないことを私は知ってる。それよりも、祖母にとって、私は大事なかわいい唯一の女の子の孫なのだ。孫というだけで愛せる理由になり得ることは未だに理解はできないけど、できるだけ愛情には応えたいって思ってる。